by 日本新聞協会
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OUENDAN新聞応援団

2010.11.02 update.

紙のにおいや形が好き

宮本恒靖 | ヴィッセル神戸

宮本恒靖1

1987年、小学5年生だったサッカーJリーグ1部ヴィッセル神戸の宮本恒靖選手は、新聞の片隅にある小さな記事に目を留め、心を躍らせた。

「2002年ワールドカップ(W杯)の開催地に日本が立候補しますよ、という内容でした」。1986年のメキシコW杯、テレビで見たマラドーナ選手(アル ゼンチン)のプレーに感動し、サッカーに本腰を入れて取り組み始めたばかり。「日本で開催されたら見に行けるなぁとうれしくなった」。15年後、自分が キャプテンマークを腕に巻き、日本代表として母国のピッチに立つことになろうとは夢にも思わなかった。

新聞を読み始めたのは小学3年生 ごろ。「最初はスポーツ面でしたね。ずっと両親が新聞を読んでいる姿を見ていたので、読むこと自体は日常的なことでしたね」と振り返る。中学生のころは1 面コラムを切り抜き、読んだ感想を記入する宿題に真剣に取り組んだ。経済学部に在籍した大学時代には、父親の勧めで経済紙の購読を始めた。

普段は朝食時に新聞を手に取る。1面から読み始め、「気になる話題があれば社説ではどう書いているかとか、時間的に余裕があれば経済面、国際面、政治面と 移る。社会面、スポーツ面は最後の方ですかね」。2007年にオーストリア1部リーグのザルツブルグへ移籍し、2年後にヴィッセル神戸に入団した際には、 地元紙を読んで街の雰囲気に触れた。「チームがどういうふうに扱われているかを知ったり、あとは地域の人たちの声を知るのも面白い」。チームのクラブハウ スや選手寮にも新聞は置いてあり、「どこに何の新聞があるかは把握していますよ」と笑う。

移籍当初、ロッカールームで一般紙を広げていたら、その姿を見た新人選手が記者から宮本選手の印象を問われ「大人だと思いました」と答えたことがある。

Jリーグは引退後のセカンドキャリアを見据え、現役選手の社会性を高める活動にも力を入れているが、その意識が希薄な選手は少なくない。「セカンドキャリ アを意識しないうちでも新聞は読んだ方がいい。サッカー界の出来事はサッカー界に生きているからよく知っているけど、実はその範囲というのはすごく狭い。 いろいろなことを知るために新聞に接すればいいと思う」と勧める。

新聞の魅力を、その一覧性に感じている。「広範囲にわたって情報を押 さえ、論説委員の考え、街の声、例えば新書の紹介でもそうだし、自分の興味の対象となるものがいろいろなところにちりばめられている。1面に載っている ニュースでも扱いが違うとか、どんな写真が使われているかを見比べるのも面白い」と醍醐味(だいごみ)を語る。

インターネットを通じ興味のある情報だけを得る若者が増えている。「何気なく目に入ってくるものを見ている中で、自分は求めていなかったけど実は有益な情報だったっていう経験は結構あるでしょう。ヒントをもらえたり」というのが記事を読み続けての実感だ。

紙の新聞は、なくなってほしくないと願う。「においとか印字とか形が好きやったり、自分の中で『あの記事ってどこに載ってたっけ?』と頭の中で映像として、(紙の)新聞のこの辺やったなと思うことが多くて」と親しみを口にした。

もちろん、サッカー人の視点から新聞への注文も忘れない。10年の南アフリカでのW杯後に連日話題になったのは、日本代表監督人事をめぐる混乱ばかり。 12月には18年、22年のW杯開催地が決まり、日本も招致に動いている中で「目先のことばかりではなく、もっと機運を盛り上げてほしかった」と、中長期 的な視点の必要性を説いた。

一般紙、スポーツ紙を含め、新聞記者と接する機会は多い。独自の視点や表現を用い、チームの内側に鋭く切り込む記事には「読み応えを感じるし、こっちとしても、そういう書き手との会話には気合が入りますね」と打ち明けた。

PROFILE宮本恒靖

95年にガンバ大阪でJリーグ初出場。2000年から06年まで日本代表に選出され02年の日韓・06年のドイツワールドカップでは主将として活躍。07年にはオーストリアのレッドブル・ザルツブルグへ海外移籍。09年からヴィッセル神戸に所属

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