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<風のいろ北のみち 植村佳弘 撮影行>8*旧深名線の駅=幌加内、名寄*人生の道草 一人また一人

北海道新聞社 | 2017年10月3日掲載

<風のいろ北のみち 植村佳弘 撮影行>8*旧深名線の駅=幌加内、名寄*人生の道草 一人また一人

 鉄路は消えた。それでも駅は生まれ変わり、人が集う。かつてJRで「日本一の赤字ローカル線」だった旧深名線(深川―名寄)。120キロを超える長大路線だったが、利用客の減少で1995年に廃止された。それから22年。往時の面影を残す二つの木造駅舎を訪ねた。

 上川管内幌加内町の旧沼牛駅では9月下旬、新そばを振る舞うイベントが開かれ、300人以上の来場者でにぎわった。

 「駅を大切に思ってくれる人が、こんなにいるなんて」。近所に住み、駅舎を所有するそば打ち名人、坂本勝之さん(75)は感慨深げだ。約20ヘクタールの畑でソバを栽培。製粉や販売を行う会社も経営している。来場者と話しながら、にぎやかだった昔の駅前の光景を思い出していた。

 廃線後、解体も検討された駅舎を残すために町から譲り受け、補修や雪下ろしも行ってきた。「体力的にいつまで続くか」と思い始めた昨年、役場職員や鉄道ファンらが協力して全国から資金を集め、土台や屋根、内外装を修繕してくれた。「今後はレールも敷きたい。駅舎とそばは地域の宝。若い世代に引き継いでいきたい」と夢を語る。

 「そばが足りない」と近くの作業場へ走り、追加のそばを打ったのは坂本さんの製粉工場で働く西村光大(みつひろ)さん(19)。幌加内高校でそば打ちを指導する坂本さんの教え子でもある。「大好きな幌加内。加工や流通も含め、幅広くそばの仕事をしたい」と意気込む。

 新そばを味わう客の中に富岡達彦さん(53)と由起子さん(59)夫妻の姿があった。2人は廃線後に取り壊された旧天塩弥生駅の駅舎を復元。昨年3月、名寄市弥生の元の場所で「旅人宿&田舎食堂 天塩弥生駅」をオープンさせた。

 その宿に泊まった。男女別の相部屋で、個人客が多い。帯広から来た女性(49)が「中学生のころ、ここが家だったの」と意外なことを言った。父が天塩弥生駅の助役で、家族で鉄道宿舎に住んでいたそうだ。待合室をイメージした食堂で、富岡夫妻や宿泊客と夜遅くまで酒を酌み交わした。「駅には人生が詰まっている。列車は来なくても、いろいろな人が集まり、つながっていく」と富岡さん。「長い人生で道草や途中下車をしたくなったら、訪ねてきてほしい」

 日中は食堂として営業する宿に「これ、食べて」とジャガイモを届けに来たのは吉岡里巳(さとみ)さん(41)だ。昨年、近くの畑で新規就農。過疎と高齢化が進む弥生地区に新風を吹き込んでいる。宿の客が農作業を手伝いに来たこともあるそう。「宿と一緒に地域を盛り上げたい」と笑顔を見せる。

 夜、宿に明かりがともった。外に出る。満天の星。在りし日の天塩弥生駅に最終列車のヘッドライトが近づいてくるような、そんな気がした。(写真部編集委員)

【写真説明】新そばのイベントの合間に旧沼牛駅を見学する参加者たち。超広角レンズを使い、青空に木造の駅舎が映えるように撮影した。幌加内町内にあった10駅の駅名標が、かつてのホーム下に並ぶ。中学生の時に、朱鞠内湖畔で熊におびえながら深名線を走る蒸気機関車を撮影したことを思い出した

【写真説明】民宿となった「天塩弥生駅」の窓から明かりがこぼれる。また一人、旅人がやってきた=名寄市弥生

WEB掲載許諾番号D1801-1901-00013215

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VOICE!応募作品から 60代 女性 北海道

 私の父は田舎の駅長だった。道北の13か所の駅を回った。懐かしい駅舎の写真に、ひまわりが咲いていたホーム、やかんがシューシューいっていた暖かな待合室を思い出した。JR北海道の今後は前途多難だという。それでも廃線になった駅に人が集い、駅舎を食堂や宿にして懸命に続け、それを支えている人がいるというのは何とも力強い素敵なニュースだ。「いってらっしゃい」「お帰りなさい」。駅は家とはまた別の、社会と自分をつなげる窓口だった。駅はそれぞれの思い出を運ぶ。どうか消えないでと願う。

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