by 日本新聞協会
BACK INDEX

HAPPY NEWSハッピーニュース

2017.09.04 update.

窓)五つの弁当箱、妻の愛

朝日新聞社 | 2017年4月9日掲載

窓)五つの弁当箱、妻の愛
台所の戸棚の奥に、五つの弁当箱が並んでいる。
おむすび用の長方形型がひとつ。大きさがちょっとずつ違う2段重ねが四つ。妻を亡くしてから10年余り。横浜市の大窪正宏さん(72)宅で、その光景は変わらない。

■大小使い分け
「いってきます」と言えば「いってらっしゃい」。「ただいま」には「おかえり」。サラリーマン時代、35年連れ添った妻はいつも笑顔で返してくれた。
子どもが学校に通い出したころから、毎朝、弁当を持たせてくれた。若いときは工場勤務で動き回るので大きめ。年を重ねて本社に移ると、ひとまわり小さく。糖尿病を患い、さらに小ぶりに。接待で食べ過ぎた翌日はもっと小さい弁当箱。そうやって使い分けてくれた。
肉じゃが、ブリの照り焼き、切り干し大根……。飲み会の次の日は野菜が多かった。
50代半ばで青森の関連会社に出向した。週末は妻と弁当を持って東北のあちこちへ。マイカーの走行距離は毎月1千キロを超えた。
12年前に定年を迎えた日。弁当の白いご飯には紅しょうがで「ごくろうさま」。職場のメモ用紙に、「長い間、愛情いっぱいのお弁当ありがとう」と書いて、空の弁当箱に入れた。帰って、いつものように手渡した。
妻が倒れたのはその翌年の夏。3カ月後に亡くなった。脳に数センチの動脈瘤(りゅう)があった。異変に気づけなかった自分を責めた。手術室へ向かう妻は「いってきます」と笑顔を見せたのに。数年が過ぎても、テレビで妻と出かけた温泉が紹介されると、涙があふれた。

■思い出の日々
3年前、戸棚に並んだ弁当箱に、ふと目がとまった。「なんでこんなにあるんだっけ」。でも、すぐにあの日々を思い出した。
初夏、おむすびを詰めて新緑の高尾山を歩いた。それからも、手作り弁当を持って出かけた。
いまは「妻の分も生きよう」と思う。どちらが先に逝っても、残された人は楽しく生きようね。生前、妻と約束していたから。
3月21日は46回目の結婚記念日だった。前々日、一緒に通った鎌倉のそば屋を訪ねた。財布の中では、いつものように、写真の妻が笑っていた。
(佐藤恵子)

【写真説明】
五つの弁当箱には、大窪正宏さんのたくさんの思い出が詰まっている。リビングには、定年退職後に妻と行ったイタリア旅行の写真も大切に飾られている=横浜市金沢区、早坂元興撮影

承諾書番号A17-1104

この記事でHAPPYな気持ちになったら

VOICE!応募作品から 63歳 女性 埼玉県

まず、大窪さんの穏やかな笑顔と5個のお弁当箱の写真にひき付けられました。文章を読みながら、その優しさに涙ぐみ心温まるのを感じました。長年連れ添った愛妻の作るお弁当と、それにまつわる数々の記憶。ようやく定年を迎え、これからご夫婦の時間というときに、奥様が先に逝かれてしまい、大窪さんの切なさはいかばかりかと想像します。どちらが先でも、残された方は楽しく生きようと約束されたおふたり。その言葉通り、ご主人は見事に生きておられます。ご夫婦のすてきな思い出を披露してくださったこと、それによって、私にも生きる勇気を与えてくださったことに感謝です。今というこの瞬間を大切にしようとあらためて考えました。

HAPPY NEWS SHARE RANKINGHAPPY NEWS facebookシェア ランキング

RECOMMEND“よんどく!”おすすめ記事

ハッピーニュース2016発表新聞社のNIB出前授業18歳選挙ハッピーニュース2017募集中!スペシャルインタビュー